「新老人の会」和歌山支部パソコンサークルのブログです 「つれもていこら」とはみんな一緒に行こうの紀州弁です


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熊野古道を歩く(第23回)

熊野古道を歩く(第23回)

 今回は稲葉根王子から滝尻王子迄です。富田川(旧名岩田川)沿いの古道で桜の時期には桜並木が綺麗です。

 「稲葉根王子」から岩田川沿いに1キロほど歩くと市ノ瀬橋にかかります。岩田川は中世、禊の川として知られ、下界の穢れを祓う重要な垢離場とされていました。

 住心院僧正実意の『熊野詣日記』には、女院がこの岩田川を渡渉する時、手を引くことは恐れ多いので、白布をつなぎ合わせ、その結び目につかまって、布の左右を従駕の者が捧持した、という記事が見えますが、岩田川の渡りは、皆等しく歩いて渡ったようです。
 岩田川 わたる心の ふかければ 神も哀れと おもはざらねや
(花山院・『続拾遺』)(「熊野への道」吉田昌生著より)

 市ノ瀬橋を渡ると前方に「興禅寺」(通称だるま寺)の達磨坐像が見えてきます。この像は第2次世界大戦の激戦地であった南方の国々の砂と釈迦生誕地のインドの土を混ぜて、慰霊と平和記念の為に先代住職の吉田啓堂氏によって建立されました。
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 再度、川の方角に下ってくると「一ノ瀬王子址」があります。「一ノ瀬」はもともと岩田川の渡りの「一ノ瀬、二ノ瀬、三ノ瀬」から来た地名と思われますが、旧村名の「市ノ瀬」から「市ノ瀬王子」とも表記されています。

 この川筋には南北朝の初めに山本氏が地頭として土着し、貴族たちが熊野詣でをする際に一ノ瀬王子から山中の護衛に当たっていましたが、天正13年(1585)、秀吉の紀州攻めで滅亡したとされています。王子の下手台地に居館跡があり、対岸の竜松山には城跡が残っています。
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d0160878_1541680.jpg 岩田川沿いに上り加茂橋を渡って2キロほど歩くと鮎川新橋のたもとに「鮎川王子碑」があります。『紀伊続風土記』に「鮎川は合川の義にして小名愛賀川の流 岩田川と合流するより起これり」とあります。王子は明治7年に対岸の住吉神社に合祀されました。
 鮎川新橋を渡ると住吉神社に出ます。住吉神社には坂本冬美が植えたしだれ梅の木があります。
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ここからは岩田川に沿って歩きます。左下の岩田川の清流が大変きれいですが、かなり細い崖道なので注意を要します。
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 道中には道祖神と庚申塚があり、旅人を守ってくれています。
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 更に上流に上って吊り橋の北郡(ほくそぎ)橋を渡りしばらく行くと清姫の墓があります。
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 川に沿って上流へ約2キロ歩くと滝尻王子に着きます。
 地図「稲葉根王子~滝尻王子」(地図をクリックで拡大します)
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 (吉田 圭治)

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Commented by 川井修 at 2013-04-23 08:07 x
熊野古道中辺路ルートで有名な所に近づいていますが、今までは知る人のみ知っている所ですが(私だけかも)、大変詳しく説明して頂いているので大変参考になります。又以前お聞きした鹿ケ瀬に行ってきました。石畳道を往復してきました。大変良かったったです。ありがとうございま咲いた。
Commented by 吉田圭治 at 2013-04-23 09:30 x
川井さん、鹿カ瀬の古道は厳しいですが古道の雰囲気がよく味わえて良いところですね。今回の道は川沿いですがこれも又違った趣があり中々良いところです。
Commented by 紙谷信子 at 2013-04-24 15:19 x
いつも楽しませていただいてありがとうございます。
次はいよいよ滝尻王子から。ここから少し歩いたことあがありますので楽しみにしています。
by srwpc | 2013-04-21 16:26 | 吉田 圭治 | Comments(3)