「新老人の会」和歌山支部パソコンサークルのブログです 「つれもていこら」とはみんな一緒に行こうの紀州弁です


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秋の大台ケ原

 10月21日 友達と大台ケ原へ行きました。天候に恵まれ多くの車で大変でした。でも素敵な秋の大台ケ原を堪能しました。
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(松島 冨紀子)

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by srwpc | 2012-10-23 22:11 | 松島 冨紀子 | Comments(6)

愛知県の名勝を訪ねて

 10月2日から3日間、名勝を尋ねて愛知県へ行ってきました。丁度、半田市で童話作家 新実南吉のふるさと「童話の村、秋祭り」が開催されていて200万本の彼岸花が咲き大勢の人で賑わっていました。お天気も良く最高でした。
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 白い彼岸花も咲いています。
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 「ノリタケの森」へ行きました。
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 常滑市へも行きました。町の土塀や石垣もすべて焼き物で作っているところも多く、さすが焼き物の町だなと感心しました。
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 丁度、有名な陶芸作家森下宗則氏の個展が開かれていました。大好きなお茶碗と湯呑があったので記念に買いました。(画像のクリックで拡大します)
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 (鈴木 猛・美代子)

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by srwpc | 2012-10-23 10:06 | 鈴木 猛・美代子 | Comments(1)

生石高原の自然と植物

 9月29日と10月20日の二日に分けて生石高原高原に行きました。海南市中央公民館講座「ふるさとを知ろう」生石高原の自然と植物です。当日は二日とも天候に恵まれました。生石高原は秋のススキが美しいですが、85種の草花があり 内3種は県の準絶滅危惧種、13種は県RDB類に指定されています。現地は人が貴重な植物を踏み荒らさない様にロープをはり、整備がされてました。
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(川井 修)

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by srwpc | 2012-10-22 08:17 | 川井 修 | Comments(4)
熊野古道を歩く(第13回)

 今回は海南から橘本王子迄です。

 d0160878_18115766.jpg「菩提房王子」から浄土寺(日限地蔵)を経て藤白神社に向かう途中に熊野一の鳥居跡があります。参詣者はその先の「祓戸王子」に参拝してここから熊野へ入って行きました。
 
 その先に鈴木屋敷があります。鈴木氏は、中古、熊野から移住して熊野三山への案内役を務めましたが、その屋敷跡や庭園が史跡に指定されています。全国の鈴木家の本家とされています。
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 「藤白神社(藤白王子権現)」は斉明天皇が白浜の温泉に行幸の際に創建されたと伝えられています。藤白王子は広い意味で熊野三山の霊域の入口で、「切目王子」、「稲葉根王子」、「滝尻王子」、「発心門王子」とともに五体王子に数えられ、熊野九十九王子の中でも格式の高い王子社とされていました。境内には後鳥羽上皇が歌会を開いた事を記念する熊野懐紙(くまのかいし)歌碑があります。毎年元旦の真夜中に「藤白の獅子舞」が演じられます。
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  境内には大きな楠の木があり、樹齢1,000年といわれています。この巨木は古くから子供の守り神として信仰を集め、熊、楠、藤の名をもらった子供は元気に育つといわれています。南方熊楠は幼少の頃病弱であったので神社の宮司に頼んで名前を熊楠と変えたところ、元気で賢い子供に育ったと言われています。
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  神社を後に熊野古道を山道に入ると「有馬の皇子の墓」があります。孝徳天皇の皇子として人望も厚かった有馬の皇子は、斉明4年(658)中大兄皇子の企みにより、皇位を狙った謀反人として捕らえられ、牟婁(むろ)の湯(白浜)に護送されましたが、疑いは晴れずその帰り道、藤白坂で殺されました。有馬の皇子が殺される前に詠んだ和歌の碑が墓の前に建てられています。
    家にあれば 笥(け)にもる飯(いい)を 草枕
                       旅にしあれば 椎の葉にもる

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d0160878_2014727.jpg  有馬の皇子の墓から藤白峠を登り始めると、頂上まで18丁の道程の1丁毎にお地蔵さんが祀られています。「丁石(ちょうせき)地蔵」と言われ、元禄年間、名高の専念寺の全長上人が藤白坂の距離を明確にすると共に、旅人の道中の安全と憩いの場として18体の地蔵を一丁毎に安置しました。

 7丁目付近に「筆捨て松」といわれる遺跡があります。平安前期の頃、巨勢金岡(このせのかなおか)は熊野詣の途次、出会った童子と絵の書き比べををしました。巨勢は鶯を、童子はカラスを描き、手をたたくと鶯とカラスは共に飛び立ちましたが、童子が呼ぶとカラスは戻ってきましたが、巨勢が呼んでも鶯は帰って来ませんでした。巨勢は負けたことを悔しがって筆を松の根元に投げ捨てました。童子は熊野権現の化身だったと言われています。
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d0160878_2054190.jpg  近くにある「硯石の遺跡」は、熊野古道伝承遺跡の「筆捨て松」に因み、紀州徳川藩主頼宣公が自然の大石に硯の形を彫らせたと伝わっています。

 ここから藤白峠まではかなり厳しい坂道となります。
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d0160878_20115442.jpg 峠を上りきったところにある宝匡印塔は地蔵峯寺の境内にあったもので、15世紀前半に造られた高さ3.8mの石造です。県下4大宝匡印塔に数えられています。

 峠にある地蔵峯寺は、峠の地蔵さんと親しまれ、本尊の地蔵菩薩坐像は高さ3.8m、石仏としては国内最大級のものです。
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 塔下王子の右側の細い道を進むと海岸線が一望できる「御所の芝」があります。12度も熊野詣をした白川上皇の行宮所跡で、『紀伊名所図会』に「熊野路第一の美景なり」とあるように、名高浦、和歌の浦、雑賀崎、そして加太、友ヶ島が眺められます。
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d0160878_2017759.jpg  峠を下ると阿弥陀寺に「橘本(きつもと)王子跡」があります。田道間守(たじまもり)が常世(とこよ)の国から持ち帰った非時香菓(ときじくのかぐのみ)、つまり橘を六本樹の丘に植えたのが橘本の地名の由来で、王子跡には橘の木が植えられています。

 地図「海南~橘本王子」(地図をクリックで拡大します)
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 (吉田 圭治)

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by srwpc | 2012-10-20 20:40 | 吉田 圭治 | Comments(2)

東北写真2題

 所用で八戸へ行ってきました。東北大震災で大被害を蒙った三陸海岸へ足を伸ばして来ました。パノラマ写真を2枚紹介します。クリックで拡大します。

 宮古の北方の田老町の大防潮堤の写真。長さ約2.5km、高さ7mで、「万里の長城」と言われ、チリの津波では周辺の市町村は大被害を受けましたが、田老町はこの防潮堤のお蔭で被害はほとんど無かったのですが、今回は町全体が無くなってしまいました。
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 宮古の浄土ヶ浜の写真。ここも震災時はがれきの山になりましたが、今はきれいな浜に戻っています。
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 (吉田 圭治)

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by srwpc | 2012-10-16 20:47 | 吉田 圭治 | Comments(2)
 10月11日のNHK和歌山放送局のローカルニュース番組「あすのWA!」(18:00~19:00)で森勝代さんら和歌山お手玉の会メンバー5名が全国大会で優勝し、知事に報告したと放映されました。そのTV画面を撮影しましたので、お見せします。
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 知事さんの前でも実演してその技を見せたそうです。おめでとうございます。
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 (岩崎 好宏)

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by srwpc | 2012-10-11 22:41 | 岩崎 好宏 | Comments(3)

栗拾いパーティ

 秋の味覚、今年も栗拾いパーティを開催しました。これはパソコンサークル・メンバーの柳野安子さんが丹精込めて育てた栗山へ招待されたのです。秋晴れの10月10日、私たちメンバー20名が参加してイガと格闘しながら拾い集めました。
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 みんなですごい量の栗を集めました。(集合写真は拡大します)
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 これを山分けしてジャンケン大会で取り分を決めたのです。
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 食事の後、栗のゆで方とむき方について東海さんに教わりました。(ここをクリックで音声が出ます。
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 さわやかな秋日を浴び、すごく至福な時を過ごすことが出来ました。みんな大満足の一日でした。柳野さん、本当にありがとうございました。

(岩崎 好宏)

追記: 柳野さんがコメント欄へ素晴らしい短歌を書いてくださいましたのでここに転記します。
 
    嬉しきは 遠路厭わず 友集い
           秋の陽浴びて 栗山に遊ぶ

   栗拾い 初体験の 友交え
           吾らの仲間 つれもていこら


(柳野 安子)

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by srwpc | 2012-10-10 22:41 | 岩崎 好宏 | Comments(5)
 旅行の最終日にモンサンミッシェルを訪れました。パリから片道370キロメーターもあり早朝ホテルを出発。バスにて一路4時間余りかかりました。
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 教会内にはレストランや売店
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 案内看板とポスター
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(川井 修)

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by srwpc | 2012-10-07 17:53 | 川井 修 | Comments(2)
熊野古道を歩く(第12回)

 今回は伊太祁曽から海南迄です。

  「奈久智王子」は伊太祁曽神社の前の川沿いに西方に少し歩き、道なりに左に曲がると熊野古道に入ります。奥須佐の集落に入りしばらく行くと右手に民家があり脇の小道に案内板があります。その背後の蜜柑山に王子跡がありま す。一方、ここから約1.5Km南の薬勝寺付近にあったとする説もあります。薬勝寺付近が、かって「那口郷」と呼ばれた事によるもので、どちらが本当か現在ではわかりません。
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  武内宿祢を祀る「武内神社」は高速道路下を通過した先にあります。神社内の長寿殿の中に古い井戸があり、宿祢が産湯をつかったという伝承があります。宿祢は5代に渡る天皇に仕えたといわれ、特に神功皇后の朝鮮半島遠征を補佐したと伝えられています。武内宿祢の事績にあやかろうと紀州徳川家では子女が生まれるとこの井戸の水を産湯として用いたと言われています。
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d0160878_12402224.jpg  多田にあった三上院千光寺の礎石を集めて地蔵尊を祀ったのが「四つ石地蔵」です。かっては地蔵尊のまえの道路は熊野詣で賑わいました。
  海南市に入っての最初の王子が「松阪王子」で、蜘蛛池の手前の蜜柑山の麓、県道沿いに小さな祠があります。その先の蜘蛛池の畔には熊野古道の石畳が残っています。
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  汐見峠から下る坂の途中に「呼び上げ地蔵」があります。安政の大地震の時、大津波に逃げ場を失った人々が、汐見峠のお地蔵様に呼び上げられて、救われたと伝えられています。熊野古道を歩いて来て、この汐見峠から眼下を見下ろすと(今は海南市街になっていますが)大海原が広がっていて人々は感動した事が「汐見峠」の由来となりました。
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 地図「伊太祁曽~海南」」(地図をクリックで拡大します)
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 (吉田圭治)
 
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by srwpc | 2012-10-07 13:14 | 吉田 圭治 | Comments(3)
 インド北部の世界文化遺産を訪ねるツアーです。
  クトゥミナール (インドで一番高い塔 72m)
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  タージ・マハール   正門
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 1632年から22年の歳月と2万人の人手で亡くなった妻・王妃のために建造した廟で、白大理石に側壁は色大理石、金銀、の象眼細工の草花模様で彩られた華麗な建物です。
  フマユーン廟
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  ジャンタル・マルタン (天文台)
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 いろいろなオブジェが置かれているモダンアートの庭を思わせるが18世紀初めに造られた天文台。現在でも使われているとか。

(田井 恭子)

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by srwpc | 2012-10-06 15:18 | 田井 恭子 | Comments(0)