「新老人の会」和歌山支部パソコンサークルのブログです 「つれもていこら」とはみんな一緒に行こうの紀州弁です


by srwpc

『ベルリンの壁』

 ウクライナ情勢が緊迫してきましたね。それで思い出したのがベルリンの壁です。第2次世界大戦後ベルリンが東西両ドイツに分断され、長い間「ベルリンの壁」と呼ばれる国境線で仕切られていましたが、今から25年前の1989年10月10日に東西ベルリン市民によって壁が破壊されました。

 当時、東ドイツ国民は西ドイツに行くのにハンガリーやチェコスロバキアに行った後、オーストリアを経由して西ドイツに行っていましたが、当時勃発した一連の東欧革命を受け、東ドイツ政府が旅行規制を大幅緩和して東ドイツから直接西ドイツへ行くことを許可したのが始まりです。これにより東西ベルリンの市民は「旅行が自由化された」と勘違いをして壁に殺到し、壁をハンマー等で壊しました。翌年東ドイツで自由選挙が行われ、東西ドイツ統一を早急に進める政党が勝った事により、東西ドイツの統一が実現しました。

 このような情勢の中、「共産圏から自由主義圏を比較調査する」という名目の旅行に参加し、ベルリンの壁崩壊現場を直接見聞することが出来ました。
 この写真から壁が如何に薄く且つ低いものであったかがわかると思います。こんな壁で長らくベルリン市民は不自由を強いられていたのですね。
d0160878_102310100.jpg
d0160878_10234538.jpg
 壁の破片が1マルク(当時約100円)で販売されていました。カラフルな色のついた破片は5マルクで、10マルク払うとハンマーを貸してくれて自分で壊すことも出来ました(*^。^*)
d0160878_10271280.jpg
d0160878_10272230.jpg
(吉田 圭治)

[PR]
by srwpc | 2014-04-17 10:35 | 吉田 圭治